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鵲森宮 (森之宮神社)穴穂部間人皇女を祀っている日本唯一の神社

神社・仏閣巡り鵲森宮

森ノ宮に用事がありましたので、近くの神社を探しましたら、なんと日本唯一、穴穂部間人皇女様を祀っている神社なのだとか~🤣🤣しかも、聖徳太子✨等々、知り得た名前ばかりが出てくるではないですか🙄ビックリです😙

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聖徳太子の生母(生みの母)

穴穂部間人皇女

あなほべのはしひとのひめみこ

生没年 : ?~621

欽明天皇を父とし、蘇我稲目の女小姉君(おあねのきみ)を母とする。穴穂部皇子を弟にもつ。異母兄にあたる大兄皇子(用明天皇)に嫁ぎ、廏戸(聖徳太子)・来目・殖栗(えぐり)・茨田(まんた)ら4人の皇子を生んだ。諸司を巡行中、馬宮の廏の前で廏戸皇子(聖徳太子)を出産したとの伝説で知られる。用明元(586)年、用明即位に伴って皇后となる。用明天皇没後は田目(豊浦)皇子と結ばれ、佐富女王を生んだとされている。 中宮寺は、聖徳太子が母穴穂部間人皇女の御所跡を寺にしたと伝えられる。

引用✨

最近になってか、聖徳太子は居なかった説✨ありますが😅諸説ありますもんね✨

奈良県桜井市に殖栗神社があります~🤣🤣なにか縁があるのか?桜井市は大神神社もありますし~🤗

はたまた、鶴見区には茨田(まんた)いやいや、まった✨と読みますが~🤔違うのかな?ちなみに、関西銀行、茨田支店ありますよ😅

そして、来目~🤔来目皇子埴生崗上墓羽曳野市にあるそうです❗

記(古事記)と紀(日本書紀)では、出てくる名前なども違いますし、里見?佐富女王?まさかね😅

蘇我入鹿も介入しての、家系図ありましたが、ここでは出しませんね😅調べてみてください❗

歴史は深いですね~🤣🤣持統天皇が改竄しているのか?はたまた何か隠そうとしていての・・・

元四天王寺と言うから、またまたビックリ~🤣🤣

人皇三十一代用明天皇(欽明帝第四皇子、橘豊日命)並びに穴穂部間人皇后を祭る日本唯一の神社

 一、御祭神と鎮座の起源

大阪が「押照や難波」と詠まれた今から千四百数年前、崇峻天皇二年(589年)七月、聖徳太子は物部守屋との戦いに必勝を祈願され、勝った暁には四天王像を造ることを誓われました。その戦いに勝利されて、先ず父母の用明天皇と穴穂部間人皇后を神としてお祀りなさいました。その後、太子は四天王像を造り、この森に元四天王寺を創建なされたのです。御父用明天皇崩御の後追慕の御孝心が深かったので、太子は自ら尊像を彫刻なさって、かつ宮殿を造営なさり、そこは四方の崇敬いよいよ篤い神廟となりました。
 初め境内地も方八町あったと云います。そして本殿、拝殿始め楼門に至る迄華麗で、目を驚かすばかりだったようです。
 それゆえ古地図、古文献等にも多数記された由緒ある古社であり、さらに人皇三十一代用明天皇(欽明帝第四皇子、橘豊日命)並びに穴穂部間人皇后を祭る日本唯一の神社です。
 しかしながら時移り世が変ると、御社の衰えも大層甚しく、今は小社に鎮座していますが、この宮所は実に千四百年の星霜を経ています。このように歴史が古く、由緒の正しい社は日本が広いといえども数少ないのです。
 なお用明天皇御陵は南河内郡太子町にあります、磯長原陵(しながはらりょう)です。

色かはる下葉よりこそ散にけり森之宮の秋の初かぜ    直 好

二、社名の起因

社名を鵲森宮(かささぎもりのみや)と云うのは、上古難波の杜(もり)と云っていた推古天皇の御代に、難波の吉士磐金(きしいわかね・聖徳太子の命により新羅へ使者として渡る、鉄鋼業の祖)と云う人がいまして、新羅国より還って来て、鵲(俗に朝鮮烏)二羽を献上しました。(「日本書紀」推古六年夏四月の条に載っています)
 この森に飼わせなさったことから「鵲の森]と称え、遂に宮の名となり略して「森之宮」又は「森明神」とも云うようになりました。鵲とは日本の烏(からす)によく似ており、全体が黒く、腹部の白い烏で、韓国や北中国には多く生息しています。昭和十七年五月帝国海軍水雷艇「鵲」より剥製の鵲を当社に献上してもらい、現存しています。

来ても見よ日影はもれていつしかと緑さしそふ鵲の森 貞 丈
 秋風のおと身にしみてかささぎの森の梢は神さびにけり 熊 彦
 今年より桜を森の宮なれば神よ心を花にゆるすな    直 好

三、社領と氏地

当社の造営当時は、方ハ町にして神領神田広大といいます。また神頷は千石余あったと伝えています。その後元亀天正の時代、織田信長の石山攻めの時、武人の為に掠奪され、かつ建造物もまた兵火に被って、社殿はことごとく灰塵と化しましたが、御霊体は事なく別所に奉安することを得たと伝えられています。
 現在の城東区の天王田とか、東大阪市住道近くの御供田というのはその名残りです。

ホームページより
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月読命

そして、御祭神が多い~🤗

月読命があるなんて~🤗そして、三柱揃ってるなんて
日本書紀
ホームページより

日本書紀に載ってるなんて~🤗驚きですね✨

そして、かささぎ?

かささぎとひらがなでGoogleと、佐賀県の鳥?と出る~🤔

「鵲」カササギとは、朝鮮半島や中国に生息するカラスの仲間。コウライカラスとも言う。腹が白いカラスをイメージしていただきたい。

日本書紀によると、「聖徳太子の命により、新羅へ赴いた吉士盤金(きしのいわかね)が2羽の鵲を持ち帰り、難波の杜で飼った」とある。その難波の杜が、この森であるとされたため鵲之森と呼ぶようになり、鵲森宮といわれるようになったらしい。

摂社に「五幸稲荷社」があり、由緒書には「火難・水難・盗難飢餓・産難を除く、宇賀御霊命(うかのみたま)を祀る日本唯一の稲荷社です。」と書かれてある。

少し優しげですね~🤗
中々に立派です~🤣🤣

狛犬の情報をどうぞ~🤣🤣

長くなりそうなので、二回に分けたいと思います~🤗

途中ですが😅

読んでいただきありがとうございました

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肌断食研究所

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